RIOW ARAI - graphic graffiti

ボクが初めて体験したRIOW ARAIのアルバムは4作目にあたる『Beat Bracelet』だ。
”打ちのめされた”って表現が一番しっくりくる。巨大な丸太を片手で軽々抱えては荒れ狂う大男のような音楽。
なんて書き方はちょっと不格好かもしれないが、当時学生だった自分がアブストラクトやエレクトロニカといったジャンルに位置づけられていた音楽を狂うように漁り始めていた頃、『ドゴォォッ!!!!』と少年漫画よろしくな激しい擬音とともにボクの頭はあのドラムの音に破壊されて修復不能であり、いまだこれを越えるドラムに出会えずにいるってわけだ。
あれから10年、時代のムードに煽られて吐き出されてきた大量のアブストラクトやエレクトロニカに興味を失ったものは数え出したらきりがないが、RIOW ARAIの音楽が特別に別物としていまだリリースされるたびに期待を込めて毎度聴こうと思えるという事についてはとりわけ不思議な事でもないし、そもそもあの時代から他の何ものでもない、大げさでもなんでもなく、RIOW ARAIの音楽はRIOW ARAIでしかない。
さて、10枚目のアルバムが遂に完成だ。ボクの体には初めて聴いたあの頃からずっとRIOW ARAIのために用意された別腹がある。
人の気配すら感じない静かな鉄の廃墟のように不穏な音の空気が立ちこめ、堅く冷たいドラムがゆっくりと心臓を打つ。『Device People』や『Rough Machine』のような荒々しく乱舞し畳み掛けるように連打する制御不能のドラムミュージックではなく、むしろ完璧なまでに制御された機械のような音楽。決して砕けることのない鋼の壁がジリジリと距離を狭め、少しずつゆっくりと間を縮めて迫ってくるような閉鎖的な緊張感は、意図してかどうかは別として、3.11以後、『after the damage』(ototoy限定配信アルバム)以後に、在るべくして存在する事となったこの作品が持つ空気であるようにも思えるが、それと同時に、個人的にはこれまでで最も繰り返し聴きたくなるアルバムでもあり、その辺りの微妙なバランス感がこのアルバムの面白さの一つでもある。
ミニマルやダブのような質感、ビートダウンと呼ばれるスローダウンしたハウスミュージックの流れとも共振しそうな曲が多くありつつも、結局はやはり今作でもRIOW ARAIはRIOW ARAIでしかなく、相変わらず孤高に一人異質に際立つ。「暗さ」ではなく「冷たさ」、凍結しても死なない心臓が、氷の奥で、ドクン、ドクン、と鈍い音を響かせるように。
それこそRIOW ARAI節とも言えるような『Device People』や『Rough Machine』のような方向性を期待していた人にこのアルバムがどう聴こえるのかは正直分からないけれど、良い意味である種の節目的な集大成感いっぱいで彩るような大げさな方向へは向かわず、このアルバムが10作目であるという点でボクは、彼の音楽を次の10年先も間違いなく追っているだろう、なんて確信めいた事まで思ってしまうほどに、RIOW ARAIの音楽は特別だ。
REVIEW: DJ UCHIAGE
